今年度初めの山行です。遅くなりましたが非常に
日程:4/3-7
メンバー:CL JamesⅢ、SLトウカⅣ、ハンケツⅢ
4/3-4 吾妻スキー
1日目
9:30 グランデコスキー場トップ
10:30 西大巓
11:30 西吾妻山
14:00 東大巓
16:30 中吾妻山
18:00 谷地平
2日目
5:30 谷地平
7:30 一切経山
10:00 東吾妻山
12:00 林道出合
13:00 蒲谷地
京都から700kmを夜間行軍にて突貫し、小雨降る中予定通りの8時にはスキー場に着いた。リフトで標高1600mまで上がると、降水は雪転しており、森は真っ白になっていた。視界がないのはなんだかなと思いつつ、ひと登りするともう西大巓だ。予想通り尾根はだだ広く、地形の特徴に乏しい、以降中吾妻山までずっとコンパスを切って進んだ。シュカブラに苦労しながら1時間も歩けば西吾妻に着いた。特に山頂という感は無いが、最高峰ということで記念撮影。山頂では流石に風が冷たかった。北に少し進んだ梵天岩からは、中大巓を巻いていこうということでトラバースに入ったが、トラバース始めてすぐのさほど急ではない場所で先頭を歩いていたJamesが斜面中に何故か形成されていた雪庇を抜いて転落した。当時は雲が厚くて光量が足りず、地形の起伏が全く見えなかった。てっきりシュカブラかと思って踏み込むと、地面がなかった。
トラバースは完了した。天候もやや改善し、丘陵のような山が連なるのがよく見えるようになった。続く1860峰と藤十郎も南側を巻いた。東大巓も、リミットの関門になんとか間に合いそうだったので、巻いた。相変わらず山稜は緩く、締まりがない。継森を越えた。1933峰を巻き気味に登り、ようやく中吾妻山に着いた。中吾妻に至る尾根は、主稜線より細く、樹間も狭かったので苦労した。滑走は、良かった。固い旧雪に乗った今朝からの新雪は不安定だったが、そもそも雪崩れるほど積もっていなかったので特に心配はなかった。谷地平に入ると斜度がなくなり、樹幹も狭まったが、GPSの力も借りながら通過。遂に小屋かと思ったところ、大倉川源流の流れが行く手を阻んだ。悲しきかな、スキーはcreek程の流れにも無力である。脱いだ板を支えにして男気渡渉を敢行。水面に出た石を繋いでなんとか渡ったが、ハンケツは今シーズンの沢初めを飾ってしまったらしい。可哀想に。谷地平小屋に着いたのは日没の直前だった。内部は快適の一言に尽きた。地面が暖かいというのは素晴らしい。3シーズンシュラフでも快眠だった。
2日目は5時に出発する予定だったが、ハンケツのシールが粘着力を失ってしまい、全く接着しなくなるというトラブルに見舞われた。結局原因は不明。テープでぐるぐる巻きにして対応した。この日は高気圧に覆われて、天候は回復傾向を見込み、ヤマテンのキリ予報に対しJamesは晴れ予報を出していたが、朝から晴れたり曇ったり、夕方からは雨というすっきりしない天気だった。ヤマテンとの勝負は引き分けといったところか。前大巓を北から回り込むように一切経山を目指す。山頂まであとわずかに迫ったところで、体がよろめくほどの強風に襲われた。舞い上がった氷が顔に当たって痛い。逃げ出すように山頂を離れたが、風下に行きたいあまりに滑走ラインを東に取りすぎてしまい、急斜面地に入るところだった。少々登り返して解決。酸ヶ平は一面の雪原になっていて、それが日が差すと真っ白に輝いて大変綺麗だった。200mの最後の登りで東吾妻山へ、意外にもここでは風は大したことはなかった。下りでは、樹幹が狭く、地形の特徴にも乏しかったため、滑走のナビゲーションに苦労した。また、下部では昇温によって雪が激重になっていて、体力をゴリゴリ削られた。1200mからは林道にスノーモービルのトレースがあったので、楽に下ることが出来た。蒲谷地からは根性のサイクリングで車を回収し、16時ごろにようやく完全下山できた。
4/5 鳥海山
05:30 中島台・獅子ヶ鼻駐車場
11:00 大物忌神社
11:30 新山
12:00 大物忌神社
13:30 中島台・獅子ヶ鼻駐車場
前日までの吾妻縦走からの疲労を考えて、出発を少し遅らせることに。駐車場で仮眠をしていたら、後から車が来るわ来るわ。下山時に見たところでは50台もいたかもしれない。鳥海山までの途は長い。登山口は450mで山頂は2236m、加えて下部では傾斜がかなり緩く、水平距離では10kmを超える。登山開始して2時間は標高をだらだらと上げていく。風がなく、かなり暑い。標高1000m辺りで鳥越川を渡渉するが、雪で埋まっていて全く問題はない。さらに距離を稼いでいく。日本海が近いからだろうか、標高1200mで早くも森林限界を越え、純白の斜面の上に、眼前の新山が存在感を発揮する。斜度が増してきて、今度は標高を稼ぐ。1800m辺りで雲の上に出ると、快晴無風のパーフェクトコンディション。半袖でも暑いような日差しが春を感じさせる。いよいよ暑くなってきた11時、標高2200mの大物忌神社に着いた。ここからは斜度が付いたので、スキーをデポして山頂を取りにいった。白雲の上を進む洋上艦のような鳥海山がそこにあった。ここより高い場所は、視界のどこにも見つけられなかった。
滑走は本当に早かった。雪質は極上で、適度な重さと反発を持っていた。何をしてもこける気がしなかった。下部は雪重く、斜度緩く、滑走には難儀したが、必死に漕いで最後まで滑り切った。なんと下山はトータル1時間30分!!スキーのアドバンテージを思い知った。
4/6 葉山
05:00 畑
07:00 小僧森
08:00 葉山
08:30 渡渉点
10:30 畑
くもり予報にあまり期待せず登山口の集落に行ったら、抜けた青空だった。予報会社の悪口に花を咲かせつつ、春の汚い雪の上を歩いていく。標高1000mの尾根に乗る場所では、樹林帯にも関わらず高さ6mほどの雪庇ができていた。局所的な風の影響は本当に恐ろしい。尾根上ではその後も雪庇があったりなかったりの状況が続いた。標高を上げていくと山形盆地を取り囲む山々が顔を出してきた。一等目を引くのは月山だ。料理に使うボウルを伏せたような平和な、しかし巨きな山体を見せている。反対側に目を向ければ陸羽国境の山並みがある。北に船形、その南に大東なぞの山塊があって高くなったところが蔵王だろう。さらにひと登りすると樹間が開け、今度は朝日岳が未だ白い嶺を連ねているのが目立つようになった。左の高いのが大朝日岳で右に離れて独り立っているのが以東岳だと言うと、トウカさんは夏に流れた八久和川へのリベンジを決意しているようだった。小僧森(1407)の直下まではスキーで行った。しかし目の前の稜線はなかなか細く、両側斜面にグライドクラックも開いていたので、ここからはシートラすることにした。小僧森直下で一跨ぎできるほどではあったが、深いクラックを越える場所があって、多少緊張した。以降はスキーでも歩いて行けそうだったが、雪が締まっていて歩き易い上、スキーを履きなおすのが面倒だということで稜線はずっと歩いて行った。山頂に着いたのは7時40分、素晴らしい朝活になった。滑走も順調だった。みるみる標高を落として行き、今年の多雪のおかげで、懸念していた渡渉にも全く問題はなかった。しかしその後の登り返しでひと騒動あった。日差しと高温のせいで雪が融け、板とシールが水浸しになってしまい、シールが接着しない。結局シールが剝がれたまま歩いたり、傾斜のついたところではシートラしたりでなんとか登っていったが、春スキーでのシール浸水は侮れない問題だと分かった。板の滑走面を拭くための雑巾を持って行ったほうがよかっただろう。下山完了は10時半。あまりにあたたかい好い天気だったので、駐車場でしばらく昼寝して帰った。
4/7 湯殿山
06:00 志津
08:00 尾根取りつき
08:30 湯殿山
09:00 尾根とりつき
10:00 志津
東北スキー最終日は曇り空でのスタートとなった。内陸の山形の方は晴れているが、山は標高1000m辺りから上は雲に隠されてしまっていた。天候回復を祈りつつ出発。国道の除雪終点からスキーで歩き始めた。道路看板に手が届くほどの豊富な残雪があり、本山行では渡渉には全く問題はなかった。平坦地をだらだらと歩き、早々に尾根にとりつく。上部は相変わらず雲の中で、視界100mの条件は厳しそうに思えた。尾根の下部ではグズグズの残雪がシールを支えきれず崩れてしまい、登るのに面倒だった。標高1200mで森林限界を越えた。視程はまだある。斜度はやや強くなったが、雪が締まってきたのでシールで登ることができた。標高1300mまで上がると、視界が完全になくなり、全方位白一色になってしまった。しかし、前日までのスキーヤー、登山者のトレースがほぼ完全に残されており、クラック転落や道迷いのリスクは抑えられると判断して、スキーをデポしての前進を決定。アイゼンピッケルで快適に登高してゆき、30分程で地図上の山頂に到着。やはり何も見えない。余談だが、こういう一切晴れる気配もない濃いガスに包まれた状態を僕は虚無と呼んでいる。すぐに下山開始。スキーをデポした地点の直下は傾斜が強く、雪も固めだったので少し不安だったが、クラストなどはしていなかった。しかし怖かったのは事実で、来シーズンでは急傾斜地での保険として、ピッケルを持ったまま滑る方法を研究したい。傾斜が緩んでからは特徴に乏しい緩斜面をコンパスとGPSを駆使して下りて行った。コンパスによるナビゲーションは冬では必須の技術である。下山完了は10時、10時半には志津を離れ、下道で帰京。京都に着いたのは日が変わった3時のことだった。











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